Thank you をうまく言いたい
こんにちは。
あなたは Thank you を流暢に伝えられますか? 私はできません。
ひと月ほど前から毎日のように Thank you を伝えなければならない環境に身を置いています。ありがとうございます ではなく Thank you。恥ずかしながら私はテレパシーを使うことができないので、相手に伝わるように発音し、目を見て伝える Thank you です。
私の前には三つの壁があります。
一つは英語の発音の壁。
二つ目は目を見て伝えることの壁。
そして三つめ、Thank you に込める気持ちがわからないという壁です。
この三つの壁を壊していかないことには始まりません。本丸にたどり着けません。1.6m級巨人です。無力なり。
しかしですが、三つ目の、一番外側の壁にあたるであろう Thank you に込める気持ちという謎への答えが見えてきました。
Thank you に込める気持ちがわからない、というとまるで感謝の心を知らない人間のように思われかねないので、弁解させてください。私は義理堅いと言われがちなほうです。本当です。
この込める気持ちのわからなさは、ありがとう と Thank you の間にあるギャップというのについていけないところから生じているように思われます。そもそも文字数が違いすぎる。ありがとうございます に込めていた感謝の念を放出するには短すぎるのです。丹田に力を入れて一点集中で発射すれば可能かもしれませんが、それでは折角親切にしてくださった優しい人の目を圧縮された謝意で貫いてしまうことになりかねません。なんとおそろしい。
きっと英語で重い重いな気持ちを伝えるいい方法があるのだとは思いますが、怠惰かつ浅学非才なる私には見当がつかない。ただの浅学なれば調べるなりすればいいのですが怠惰までおまけについてきているので救いようがありません。
ですので毎日を Thank you でもってしのいでいます。
Thank you という短い音にどのようにして感謝の気持ちを乗せていくか。
私は考えました。
Thank you という軽やかな音に見合う、高原の風のようにさわやかな感情を私は、
Thank you ……私のような根暗には手の届かない響きでした。高校生の夏、クーラーボックスの氷でキンキンに冷やしたサイダーを手渡してくれた友人に捧げる言葉……そんな経験はありませんが。
そんな悶々とした日々を送っていた私に救いの手を差し伸べる影がありました。
似非関西弁を話す私です。
「そないになやんでどうしたん」
彼は言います。「えろう景気悪い顔やな~、ワイになんでもはなしてみいや」
優しい。やはり最後に頼れるのは自分なのですね。かくかくしかじか
「そんなん気にせんでええて」
そうでしょうか。日陰でうじうじとして何一つ伝えられない私でいいのでしょうか。
「ほな、言うてみ。おおきにって」
おおきに。この一言は一筋の光明となり私のどうしようもないためらいを貫きました。
おおきに、なんて明るく朗らかな響きなのでしょう。あんがと、よりも幾分丁寧で、それでいて軽やか。何よりも短いです。
これならば。
私が Thank you と口に出すとき、副音声では おおきに と似非関西人の私が微笑んでいます。
ありがとうございました。