無慈悲なやさしさ『元町ヨーグルトナイトメア』

こんにちは。
先日、杉山萌員さんの『元町ヨーグルトナイトメア』を読みました。

この作品は10年前に単行本が出て、文庫化されました。それまではミステリーで活動されていた杉山萌員さんの初めてのファンタジー短編集です。
童話のようなやわらかい言葉とどこまでも冷淡な展開のギャップが印象的でした。
特にこの文庫のために書き下ろされた『やさしい死海』は、夢のような景色を描き出す文の美しさと、主人公の抱えるやり場のない憤り、人間関係の摩擦から歪んでいく心理、この世に渦巻く不運、それらが絡み合って結末へと導かれていく絶望感が心地いいです。地表で最も低い場所、動植物の生存できない窪みは、救いがないからこその優しさをたたえているのでしょうね。

この本のタイトルになっている『元町ヨーグルトナイトメア』は、町の一人称視点で語られる物語です。視点の置き方が独創的で、杉山萌員さん独特の文章リズムと相まって幼いころに読んだ絵本を思い出させます。ネタバレになってしまうので詳しくは紹介できませんが、物語の終盤で出てくる元町が歌う子守歌。これはスマホやパソコンを常に携帯し、しがらみから逃れられない現代人には身に沁みます。よく使われる比喩表現で「町が眠る」とは言いますが、町は夜も起きて住んでいる者たちを見守っている。自分の住む町もそうしてくれていたら嬉しいです。

現代社会への風刺と疲れた人々へのなぐさめが全編を通して貫かれているように思います。これまでのミステリー作品で重厚で隙のない論理と巧妙な心理的な駆け引きで素晴らしいエンターテイメントを構築してきた杉山萌員さんの新たな一面を見ることができました。しかし幻想的で柔らかな作品であっても、手を抜かない物語の展開、緩急で意識を引き付けるあの面白さはさすがです。
『元町ヨーグルトナイトメア』は存在しません。ですが初めて杉山作品を読む人にも、ミステリーとしての作品のファンにもぜひ読んでいただきたいです。


ありがとうございました。
さようなら。