われらのヒーロー

知らない場所で目が覚めた。
薄皮一枚隔てた意識で周りを見渡す。何の変哲もない部屋だ。煉瓦造りの大きな暖炉ばかりが目につく。


ここはどこだろう。
私はここで何をしていたのだろう、と記憶を辿る。時間の流れに逆行する船旅はすぐに頓挫した。

覚えていないのだ。自分が誰なのか、何をしていたのか。過去に関係する記憶をすっかり落としてきたらしい。視界のすみに映る体は大人のものだ。しかし、それに見合うような時間を私のものとして思い起こすことが全くできない。

しばらく途方に暮れていると、女が一人やってきた。化粧気はないが、愛想のいい女だ。
「―――、散歩をしてきたらどう?」
私の名前を呼んだらしい。しかし未知の言葉は私の耳を素通りしていった。
わたしは彼女に自分が記憶喪失であることを説明し、もう一度私の名前を教えてはくれないかと頼んだ。そうして女の口から出た名前は耳慣れない響きでもって私の最初の記憶として脳に刻まれたのだった。


その家には女のほかに老人と犬が暮らしていた。都会の喧騒からは離れたのどかな場所に建つ一軒家。そこに住む彼らはみな親切で善良だ。
以前の私も彼らとともにここで暮らしていたらしい。彼らは過去の私と同じ生活の仕方を教え、私はそれをなぞることにより記憶をたどろうとしている。
周りの集落の住民も私を知っているようで、顔を合わせれば挨拶をかわし子供たちの外遊びに誘われる。
私というものは随分慕われていたらしい。自然豊かな場所でこうして人々と共に暮らしていけるのならばそれでいいのではないか、とも思う。


私が、私の名前とそれに付随する新しい暖かな記憶に慣れたころだった。
皆が住む集落の空から悪党がやって来たのだ。

そいつは人々の努力の成果を横取りし、姑息な手段でもって平和を踏みにじった。
今まで住民たちはお互いに助け合ってきた。その和を乱す悪党は許しては置けない。
私は以前の記憶を失っていた。が、今は皆との記憶が私を作り上げている。あたらしい自分のすべてを愚弄し蹂躙するような悪党の行いを指をくわえて見ているなんぞできようがない。


私はこぶしを振り上げた。

私は集落で力仕事の手伝いもしていた。実は住民の中では一番の力自慢なのだ。だから、このこぶしで悪党の横面をとらえることができれば成敗できると確信している。
しかし悪党はちょこまかと逃げ回り、卑劣な罠でもって私を窮地に追い込んだ。こいつは力はないが悪知恵がよく回る。
私とてやられるままではなく何度も反撃を試みたがどうにも巧くいかない。

万事休す、最早これまでか。

短い記憶が頭の中を走馬灯のように駆け巡る。
暖かい記憶ばかりだ。第二の生は良いものだったな。こんなにも滑稽に私は終わるのか。いいや、私はいくら笑われてもかまわない。しかし、彼らを守ることができないのは心残りだ。


沈みゆく意識に、女の声が響く。
アンパンマン、あたらしい顔よ!」






知らない場所で目が覚めた。