日課

飛行場で荷物を待つ。

ベルトコンベアは未だ沈黙をしている。到着便の表示されるはずの画面は青一色だ。私はポケットに手をやる。携帯電話に触れるはずだった指はただ洋服の布地をなでた。
いつまで待っていればよいのだろう。人気のないロビーは退屈だ。窓もないこの場所では今が何時なのかすら分からない。

 

そこでふと、自分はどうしてここに立っているのか疑問に思う。
飛行機に乗った記憶もない。手荷物がいくつかあってしかるべきなのに、私は手ぶらだ。白いこの部屋は私以外に人間がいない。さすがにおかしいのではないだろうか。
ああ、夢だ。私は頬の内側を噛む。痛い。柔らかい粘膜が押しつぶされ血のにおいがする。あまりにも古典的な手段で確かめようとしてしまったな、最近の夢は感覚も伴うのだろうか。気味は悪いが無理に状況を打開する必要もない。私は何か変化が訪れるまでは待っていてやろうと決めた。

 

突然、ゴウンゴウンと音を立てベルトコンベアが動き始めた。
始点を覆うビニルのカーテンをたわませて荷物が流れてくる。夢の中のご都合主義らしく私の手には荷物の預かり証が握られていた。いやに枚数が多い。手荷物を持っていないのはすべてを預けてしまったからかもしれない。

ラップフィルムにくるまれた細長いものが流れてくる。それに括り付けられている札と手元の番号を見比べる。どうやらこれは私の所持品らしい。なかなかに重たいそれを取り上げる。いったいこれは何だろう、まだ他の荷物は流れてこない。ならば、と私はラップフィルムに手をかける。

ぐるぐると執拗なまでに巻き付けられたフィルムをはがしていく。段々中身が透けて見えてくる。生もののたぐいらしい。べり、と引っ付いていた部分をはがすと勢い余って荷物が床に投げ出される。

 

それは人間の右腕だった。

 

さすがに驚いた。頭の毛穴が縮こまる。しかしこれは夢、夢だろうか。私は恐る恐る右腕を拾いあげる。外に置いてあったのか右腕はひんやりとしていて、柔らかく脱力した重みも相まって爬虫類を抱いているような気分になる。本物だろうか、私は腕の肩に接続されるべき部分を覗き込む。白い骨がつやつやと蛍光灯の光を反射してささみのような肉の中に埋まっていた。好奇心に駆られて人差し指を骨と肉のあいだに挿し込んでしまう。少しの抵抗と、何かを爪ではがしていくような感覚とともに指は付け根までずぶりと飲み込まれた。

 

すると二つ目の荷物が流れてくる。

 

またラップで巻かれたなにかだ。私は一応札と番号を照会する。やはり私のものだ。
そうして出てきたものは、想像通り人間の部品だった。

 

それからはひっきりなしに荷物が流れてくる。それらの真贋は分からないが、とにかく重い。中身が中身だけに引っ張り下ろすのも気が咎めて、私はいちいち両手で持ち上げてしまう。中腰の姿勢での作業に腰が痛くなってきた。

 

手元の預かり証をすべて交換し終えた時、最初の右腕も併せて六つのものが私の足元に集められていた。
持ってここを出るには数が多すぎるな、カートも置いていないようだし。私は途方に暮れる。ここから出てどこに行くのか。そもそもここはどこなのか。どうやってこの荷物を始末すればいいのか。わからないことが多すぎる。
しかし立ち尽くすばかりではどうしようもない、できることをやろうと思い、私はすべての荷物の梱包を解いてみることにした。

一つ目の右腕、二つ目は左腕。あとの四つもきっとバラバラの人間であろう。次々に中身を検めてしまおう。まずは足が二本。大きい包みは胴体だった。最後のボーリング玉くらいのそれは。私は不安とも期待ともつかない気持ちでフィルムをはがす。

 

黒い髪の毛の生えた後頭部が出てくる。やっぱり頭だ。耳に手をかけて半回転。
私は私を見つけた。

 

鏡で見る私の鏡写しのような私が目を閉じて転がっている。なんだか不思議な光景だ。眠っている自分を眺めるようで少し恥ずかしい。
驚くのも忘れてまじまじと生首を観察する。見れば見るほど私だ。
体がないのはなんだか縁起が悪い気がして、床に置いた首に体をつけてやる。胴体を首につけると、切断面がパズルのピースのようにぴたりとはまる。面白くなって全ての切断面を試すと、それらは吸い付くようにはまって私を喜ばせた。

いま目の前には裸の私が横たわっている。
自分の眠るのを眺められるのは幽体離脱だけではなかったのだなあ。まじまじと見ていると横たわる私が目を開く。
裸の私は私を一瞥すると、そのまま出口へ真直ぐ歩き出した。組みあがったばかりなのに危なげない足取りだと感心する。私も捨てたものではないらしい。そのまま裸で外に出ていってしまった。

 

 


目をあけると早朝の薄青い空気に見慣れた部屋が沈んでいた。
なんだか右の腕が痛い気がする。寝違えたのだろうか。