病院

少し風邪気味かなと思って病院に行きました。インフルエンザが流行っているし、こういう季節の変わり目の風邪は長引きがちなので、念のためです。
地図アプリに従って道を行き戻りしつつついた病院。病院がそこにはあると書いてあるのですが、私が見つけたのは青い空に漂う巨大なクラゲでした。半透明のゼラチン質が光を歪めて、おおよそ病院には似つかわしくない虹色のネオン染みた光を波打たせています。ビロビロと風に吹かれる触手には「××総合病院」。ここが私の目的地で間違いないようです。

おかしいな、悪い夢なのではないだろうか。
そう思って立ちつくしていると、私のすぐ横を杖を突いたおばあさんが通り抜けました。そのまま曲がった背中は進み続け、藤のカーテンみたいに入り組んだ触手に吸い込まれていきます。
ああ、ここは病院で合っていた。
私は納得してしまいます。ビロビロの白滝みたいなクラゲの足は触るとチクチクと刺しました。

受付から通された待合室になんの変わったところもなく、それが異様に思えます。
薄茶色をした清潔な本棚には漫画や絵本が詰まっていて、そこから旅行雑誌を引き抜いて眺めました。静かにクラシック音楽が流れていて、日の光が間延びした空気に埃を照らしました。待合室は混んでもいないけれど、閑古鳥が鳴いている訳でもない、病院と患者お互いにとって丁度いいと思われる具合です。

雑誌に落としていた目をあげると、診察室から出てくる何かが視界の端に映り込みます。
半透明の、向こうをおぼろに透かすゼラチン質、人の形をしていたものが骨を失ってひしゃげたような見た目をしています。これは何かしら、私は雑誌に戻した視線をもう一度それに向けました。
それは角にあるベンチに腰掛けました。腰かけた、つもりなのでしょうがグニャリと崩れ落ちたようにしか見えません。白く濁ったゼリーがビニール張りのベンチの隅っこに積みあがっている、という方が正しくそれを言い表しています。ゼラチンの向こうで赤い塊が脈打っているのを見てしまい、いけないものを目にしてしまった。私は後悔しました。

診察室と待合室を隔てるカーテンのあちら側から、私の名前が呼ばれ、どうしていいのか分からなくなりました。